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 協同組合の生い立ち

1.協同組合のはじまり

 協同組合が生まれたのは、資本主義社会になってからです。
 イギリスでは18世紀半ばに産業革命が起こり、機械による大量生産が行われるようになり、生産力は一挙にあがりました。資本家にとっては、利潤を追求することが主目的ですので、できるだけ生産費を安くし、大量に生産することを目指しました。そのため、当時のイギリスの労働者階級は、劣悪な労働条件のもと、低賃金で働かされ生活は苦しく、加えて食料品の価格は高く、商人のなかには品質や目方をごまかしては儲けている者もいました。
 こうした環境下で、ロバート・オウエンの考えに影響を受けた人々が中心となって、自らの暮らしを協同して守り高めるために生活協同組合をつくりました。
 今日“協同組合の母”といわれているロッチデール公正先駆者組合は、1844年にランカシャー州の小都市ロッチデールの織物職人など28人によってつくられました。この組合は組合員の自主性を基本とし、組合を運営するにあたって原則(ロッチデール原則)を定め、初めて組合運営に成功しました。ロッチデール原則はのちの協同組合運動の発展に大きく寄与しました。

ロッチデール原則

① 組合は1人1票の投票権による民主的運営とする
② だれでも組合に自由に加入できる
③ 出資に対する利子は固定され、制限される
④ 剰余金は購買額に比例して分配する
⑤ 売買は厳格に現金にもとづき、信用取引はしない
⑥ 純粋で混ざりもののない商品だけしか売らない
⑦ 組合員を教育するためにも積立てをする
⑧ 政治および宗教に対しては中立を守る

(参考:G.D.H.コール著『協同組合運動の一世紀』家の光協会)


2.ドイツの協同組合

 ドイツでは、封建的な要素が多く残ったまま急速に資本主義社会へと変化しましたので、独立小生産者が多くいました。そのため、とくに高利貸に対抗するため信用組合が発達しました。設立にあたって指導者として活躍したのは、都市部ではF・H・シュルツェ─デーリッチであり、農村部ではF・W・ライファイゼンでした。
 19世紀半ば頃の凶作で農民が苦しんでいたとき、ライファイゼンはすすんで富裕者の寄付を仰ぎ、慈善組合をつくって食糧を与えたり貸付を行ったりしましたが、事業は行き詰まってしまいました。そこから、何よりも自助の精神が基本にならなければならないと悟り、1862年に初めて農村信用組合をつくりました。「一人は万人のために、万人は一人のために」(※)はライファイゼンが説いてやまなかった言葉です。
 後にこの農村信用組合は信用事業ばかりでなく、販売、購買の事業も兼ねて行うようになり、ドイツの農村協同組合に大きな影響を与えました。

※ライファイゼン以前より、もともとヨーロッパで広く知られた格言である。


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